PICK UP PERSON #1

左大文字保存会、岡本会長に聞く左大文字の歴史

今回は左大文字保存会 会長の岡本芳雄さんに、五山送り火の1つである、左大文字の歴史や自然についてインタビューをしました。

聞き手:京都産業大学 中山、木下、澤田、仲野、新原、奥城 の6名
特定非営利活動法人ひとともりデザイン研究所 増永

五山送り火の歴史

奥城) そもそも、「大の字」はなぜ2個あるのですか?

岡本会長) 諸説ありますが、そもそも送り火というのは、いまは五つですが、昔は10余りありました。10や11と言われています。
 明治維新の頃に地元で後継されなくなって自然消滅し、今は五つだけが残っています。この五つについても、平安時代から始まったとか、室町時代や、江戸時代初期など色々な説があります。
 時の権力者、将軍などが政治を行うとき、当時の儒学者が何年に何を始めたとか、だれが命じたとか書き留めてくれますが、祭りや厄除け・雨乞いなど地元の民衆から湧き上がって、祈ったりお願いをするといった行事は、書かれたことはあっても消失してしまう。
 少なくとも、現在残っている五つについては、どの山が一番古いかは定かではないけれども、一番新しいのは我々左大文字ではないかと言われています。
 1661年当時の文学者が著した書物に、京都の山に五山があるというのは記されています。東山の大文字は、時の将軍、足利義政が子供を早くに亡くしたのでその子供を弔うために始めたのではないかと言われています。東山の大文字の方が古い言われていて、それが御所の池に映り、その跳ね返りとして京都に向かって左にあるからこちらは左大文字と言われているんです。

 

アカマツへのこだわり

岡本会長) さてみなさん、送り火というのは、『薪を燃やす』という程度の認識しか持っていない人が多いですが、なぜアカマツなのか、なぜ今我々五山保存会がアカマツの再生・保全を熱心に、真剣に考えているかということはそこにあります。
 何年か前に天橋立の松林の松林が台風の被害に遭い、根元から倒れたクロマツを「五山の送り火さん、お盆にお使いになりませんか?」という話が実はありました。ただ、クロマツはアカマツよりも火力が弱く、炎が青白い、つまり、火の勢いが弱く背丈も伸びない、ということから、あまり送り火にはふさわしくないということになりました。
 東山の如意ヶ嶽の大文字だけが100使ううちの1割か2割ぐらいは使ったようですが。
 一つの火床に1割ずつ分配してやらないといけない。火がアカマツの綺麗な火と、クロマツの青い火と一目瞭然ですから。アカマツ100%でやらないと、綺麗な火も出ないし、高さも出ない。
 五山の送り火で燃える火は本当に黄色い橙色、鮮やかな色にこだわっているんです。
 送り火の火床は、経験年数や役職によって担当が決められます。
 会長は「大」の二画目の一番てっぺん、副会長は要(かなわ)を担当します。
「要」というのは「大」の字の三画が交わる部分です。
 両サイドや下の足は火床の高さが3m以上あるので、役員で年齢・経験が豊富な人が担当します。
 左大文字は市内からの角度がいいので、京都市も五山のなかで一番うちに期待をかけてくれて、五山の中で一番薪の量が多いんです。護摩木と松割木を1.5mから2mくらい積み上げます。
 去年は朝から雨で、点火予定時間の午後8時前後まで雨が降るということで心配しましたが、点火時間には止んでくれました。かえって綺麗な火になったと、皆さんからお褒めの言葉を頂きました。

 

五山送り火は「宗教行事」

岡本会長) 五山送り火は観光行事ではなく、宗教行事です。
一年に一回、お盆のだいたい10日から13日ごろにご先祖様の魂を仏壇にお迎えする。そして16日に天界いわゆる冥土へ送り返す。また来年いらっしゃいと。だから送り火といいます。
五山送り火は、京都の三大祭と合わせて「四大行事」と言われます。
京都の観光行事である三大祭「葵祭」「祇園祭」「時代祭」と、宗教行事である「五山送り火」です。京都の大きな観光収入となっており、全国各地あるいは海外からも見に来られる。そういう意味でも、アカマツを再生していくのが非常に大事な課題です。

 

伝統を守るために

岡本会長) 五山送り火は、お盆の行事やからお盆にちょっと山仕事に入ったらそれで点火できるというもんじゃない。台風にしろ、豪雨、洪水で山が荒れますでしょ?山道が土砂で埋まります。階段をつけている山道に土砂が流れ込んで登りにくくなる。そういう山道の整備をする。あるいはアカマツとかナラ・クヌギとかが虫で枯れる。枯れると見苦しいですから、そんなんを全部伐採する。また、木の背丈が高くなって火床を隠してしまうので、そういった遮蔽木も伐採する。
 53基ある火床の修理も行います。
 だいたい、建国記念日の次の週から2月、3月の4週間ほど日曜日に、保存会員が山の作業に出るんですよ。そのあと、5月、6月、7月にも同様に作業に出ています。

奥城) 保存会の会員さんはこの地域の方ですか?この地域の方がその保存会の会員になれるのですか?

岡本会長) これまで保存会員になれるのは、3世代、4世代と代々従事している男系家系の方としていました。
 火床が53基あるから、一人1基、火床の責任を持つという事で行けば、少なくとも53名は保存会員として欲しいですね。今は68名ほどですが、名前だけの人、参加できてない人がいるから70名切っているのが現実です。
 まだ余裕がありますが、この先このままではいかんということで、去年から女系家系も参加可能としました。
 例えば、私の息子の兄弟、姉や妹がいる。そしてそこに男の子がいる。その子は今までは参加できなかったけれども、そんなことを言っていたら人数が確保できない。だんだんそういう門戸を広げていかないことには人数の確保ができなくなってきた。

増永) 一つの火床を守るような伝統をすごい背負っていますね。関わられている方は素晴らしいですね。火床へ続く道も、それを維持するために、保存会員の皆さんで関わられている、続いているというのは素晴らしいことですね。

岡本会長) 明治の初めごろには、いろはの「い」とか、「竹の先に鈴」「蛇」などもあったが、そういうのが全部なくなってしまった。結局、今言ったように後継していくのが難しくなって、滅びてしまった。維持できなくなってしまったんやね。

 

新たな取り組み-森づくりは「30年」-

中山) 僕らは、「アドプランツさんとこんなことをしてこんなことを学びましたよ」「今後こういう風に後輩に引き継ぎたい」みたいなことを発表しようと思っていて、まだ今年始まったばかりでどうなるかわからないんですけどこんな風に決めていこうと思っていて。

岡本会長) 長期ビジョンのものだから、君たち3回生が次の学生さんにずーーっと未来へじゃないけど、引き継いでいって、この授業を頓挫せんようにやっていかなあかんね。

増永) 30年は守らないといけないですね。

岡本会長) そうそうそう。短くても30年。30年たっても、今の土地の土壌にもよるけど、30年でこれくらい(16m)になるか・・・
 アカマツが育ちやすい山とは言われているのだが。ただあまり太いのはできない。

増永) そうですね、チャート岩というのが混ざっているようなので・・・
 頁岩という新しい地層のようです。若くてちょっと粘土質なので、マツがあまり大きくならない環境だと思いますね。
 右の大文字は花崗岩が混ざっているので、マツが大きくなるような地質です。

岡本会長) 左大文字山は岩盤の山ですからね。

中山) 僕らの活動っていうのが、今日みたいに山に登って木を切ってくることがあったり、長い目で見て、後輩に継いでいくっていうのもあるんですけど、近所の方と一緒にこういう保全活動とかをするイベントを考えることにも取り組んでいるんです。
 それで僕らもそのイベントを考えようとしているんですけど、この地域の方とどんなことをしているのかとうのがわかっていなくて、今、この地域で保全とかアカマツだけじゃなくてこの送り火を守っていくための近所の方のイベントなどがあったら教えてもらえないでしょうか?

増永) 火床を守る伝統を背負って60人、70人の方が活動されているってすごいなと思ったんですけど、やはり高齢の方もいらっしゃいますし、実働部隊は少なくなってきているのが現状だと思うんです。
 それで、山の管理も、もしかしたら一部しかできていないように思います。
 そういった管理の手が入らない場所で、一緒にやっていけるような仲間、子供や子供を持った若い世代の親に参加して頂き、地域の伝統や自然を伝えるような働きかけをしたいと思っています。
 そういった森づくり活動への参加のきっかけになるイベントにしたいなと思うのです。

岡本会長) (京都産業大学の木村)先生からもそういう風に聞いていたんですけど、さて、どう具体的にしたらいいものか、なかなか思いつかない。私が若いころと違って、いろんな面で、地元との係わり、 連帯感が非常に希薄になってきていますよね。区民運動会でも若い学生さんがなかなか参加してくれない。わら天神の春祭りでも地元の人たちはなかなか参加してくれない。氏子さんでありながら。神輿を担ぐのもプロに頼むんです。地元の人で担いだろか、という人はほとんどいない。本来はね、地元の人がやってこそなんですけどね。地元と関係ない人がやっても意味がないんですけどね。

増永) 我々は北区の人間ではないのですが、何か協力して地域の輪が広がるきっかけを作る、というのが私たちNPOの方針でもあるんです。そこに学生さんっていう情熱のある方々が入っていただいて一緒にやっていただけるようなきっかけを作れたらな、というのが我々の思いなんです。
 イベントはきっかけで、目的は山づくりを通じてここの地元の地域コミュニティを再生したり、人の輪をつなぎたいということ。一つになって山を守りたいということ。地域の輪を強めるようなきっかけを作ることが目的です。

岡本会長) 具体的に皆さんが、どういうことがしたいかとか、こういうことに協力してもらえないかというようなことをぶつけてもらったら、それだったら是非、というようにそれぞれの委員会ごとに希望者を募ることも可能だとは思います。
 それが採用されるかはわからんけどもね。彼らが「どんなことをしてくれはるの?」となれば、「こんなことできますよ」というような提案を頂ければ、「ああ、そうかそうか、実は我々の方でもそういったことをしてくれる人がいれば、やりたかったんだ」というようなことがあるかもしれないしね。

増永) 学生の皆さんはまだ関わったばかりで、”何を”というのはまだ決められていないことも多いのですが、学生さんが考えられていることを主体としながら、私たちも支援しながら良い案を提案させていただいて、そこからご相談させて頂ければと思います。

一同) 有意義で楽しいお話をお伺いすることができました。

 本日はありがとうございました。